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岡山地方裁判所 平成5年(ワ)324号 判決 1995年6月27日

《住所略》

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

大土弘

河田英正

加瀬野忠吉

羽原真二

東京都中央区日本橋1丁目9番1号

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

河村正和

柳瀬治夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金492万5145円及びこれに対する平成2年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  ワラント購入

原告は、証券業を営む株式会社である被告から、次のとおり外国新株引受権証券(外貨建ワラント)を購入した。

契約日 銘柄 数 受渡金額

平成2年8月23日 日本電気ワラント 50 532万5125円

同 月28日 富士通ワラント 30 584万4150円

同 月29日 三菱油化ワラント 14 95万9927円

2  責任

<1> 経緯

被告の倉敷支店投資相談課長の宇賀神哲は、原告に対し、平成2年8月23日、電話でいわゆるワラントの購入を勧誘した。ところが、その際、宇賀神哲は、原告に対し、リスクや権利行使期間等ワラントの特質内容等について全く説明しなかったため、原告は、ワラントがいわゆるハイリスク商品で、権利行使期間を経過すると紙切れ同然となってしまうことなどについての認識を欠いたまま、これが株式取引とほぼ同様のものとの誤解の下に、同日、前記1の日本電気ワラントの購入を申し入れ、被告はこれに応じた。

平成2年8月28日、宇賀神哲は、右ワラント取引で利益を得た原告に対し、電話で再度ワラント購入を勧誘したが、この時もワラントについての詳しい説明をしなかったため、原告は、前回同様その危険性について認識のないまま、株式とほぼ同様のものとの認識の下に、業績が良いからと勧められるままに前記1の富士通ワラントを被告から購入した。

さらに、翌29日、宇賀神哲は、原告に対し、前記1の三菱油化ワラントの購入を勧誘したが、この時もワラントの危険性等について全く説明せず、購入すれば利益が短期で出るとの説明をしたのみであったため、原告は、リスクは株式と同程度であるとの誤解の下に、これを被告から購入した。

<2> 適合性原則違反

証券会社は、投資勧誘に関して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験に鑑みて、不適当な証券取引を勧誘してはならないとされている(証券取引法54条1項1号)が、外貨建ワラント取引は、権利行使期間や為替変動等の特質内容等によりプロの投資家でなければ適合し得ない極めて危険性の高い取引であるから、一般の投資家には適合せず、証券取引について殆ど知識を有しない年金生活者には明らかに適合しないものというべきところ、原告は無職で年金を唯一の収入源とし殆ど証券取引の知識を有しない者であったから、このような原告に対し、前記<1>のように外貨建ワラント購入を勧誘し購入させた被告の従業員宇賀神哲の行為は適合性の原則に違反している。

<3> 説明義務違反

ワラント、特に外貨建ワラントは極めて危険性の高い投資商品であるから、証券会社としてはこのような商品を一般投資家に勧誘する場合には、その仕組みと危険性を十分説明する義務がある(公正慣習規則第9号)。すなわち、ワラント購入に際しては、権利の内容、行使価格、為替の変動との連動性、1ワラント当りの取得株式数、権利行使期間の存在及び右期間経過後の消滅、値動きの激しさ、ギアリング効果、相対取引について説明しなければならない。しかるに、被告は、ワラントについて十分な知識のない宇賀神哲ら従業員をしてワラントの販売に従事させていたもので、これにより、宇賀神哲は、原告に対し、ワラントの仕組みとその危険性について何らの説明もせずにワラント取引を開始させたものであり、右説明義務は全く果たされていなかった。

<4> まとめ

a 不法行為責任

被告は、構造的うま味(発行時の引受手数料、社債調達資金の営業特金などへの還流による委託手数料、外貨建ワラントの相対取引による売買差益等)のあるワラントについて、その販売の拡大を図ることを優先し、従業員の適切な営業のための教育を怠っただけでなく、従業員に対して厳しいノルマを課した。

その結果、前記<2>、<3>の違反に至ったものであるから、被告は民法709条、44条の責任を負う。

また、被告は宇賀神哲を雇用し、前記<2>、<3>の違反は同人によって為されたから、被告は、民法715条の使用者責任を負う。

b 債務不履行責任

原被告間には証券会社と一般投資家との証券の取次の委託乃至売買という契約関係が存し、両者間の証券取引に関する専門的知識情報のギャップの大きさから、証券会社である被告及びその従業員には、顧客である原告に対し、取引の過程において不当な損害を被らせないようにする高度の注意義務及び誠実義務が発生する。

前記<2>、<3>の違反は右注意義務及び誠実義務に反しており、被告は、債務不履行責任を負う。

3  損害

原告は、被告に対し、平成2年8月23日日本電気ワラントの売却して88万1824円の利益を得、平成3年2月28日三菱油化ワラントを売却して3万7181円の利益を得たが、平成5年4月20日富士通ワラントの権利行使期限の経過により584万4150円の損失の生じ、差引492万5145円の損害を被った。

4  結論

よって、原告は、被告に対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として、金492万5145円及びこれに対する不法行為又は債務不履行の後である平成2年8月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

請求原因2<1>のうち、被告の倉敷支店投資相談課長の宇賀神哲が、原告に対し、平成2年8月23日、電話でいわゆるワラントの購入を勧誘し、原告が同日日本電気ワラントの購入を申し入れ、被告がこれに応じたこと、同月28日、原告が被告から富士通ワラントを購入したこと、同月29日、原告が被告から三菱油化ワラントを購入したことは認めるが、その余は争う。

請求原因2<2>、<3>は争う。

請求原因2<4>aのうち、被告が宇賀神哲を雇用していることは認めるが、その余は争う。同2<4>bは争う。

請求原因3のうち、原告が、被告に対し、平成2年8月23日日本電気ワラントを売却して88万1824円の利益を得、平成3年2月28日三菱油化ワラントを売却して3万7181円の利益を得たが、平成5年4月20日富士通ワラントの権利行使期限の経過により584万4150円の損失を生じたことは認めるが、その余は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  ワラント購入

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  責任

1  経緯

請求原因2<1>のうち、被告の倉敷支店投資相談課長の宇賀神哲が、原告に対し、平成2年8月23日、電話でいわゆるワラントの購入を勧誘し、原告が同日日本電気ワラントの購入を申し入れ、被告がこれに応じたこと、同月28日、原告が被告から富士通ワラントを購入したこと、同月29日、原告が被告から三菱油化ワラントを購入したことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に加えて、甲第1乃至第6号証、乙第1乃至第24号証(枝番を含む)、証人宇賀神哲の証言、原告本人尋問の結果(一部)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

<1>  原告の経済状態、投資経験等

原告(大正12年11月25日生)は従前鉄鋼の下請業を営んでいたが、昭和62年頃廃業し、以後妻と二人で自宅に居住して年金収入を主な糧に生活している。

右廃業当時、原告は資産として右自宅(25坪程度の土地及び2階建の家屋)を所有し、自己名義の郵便貯金100万円程度及び妻名義の預貯金1000万円程度を保有していた。

原告は、昭和63年7月頃、株式投資をしたいと考え、被告の倉敷支店を訪れて、株式取引を行うようになり、それ以降平成2年7月頃までは、主に株式、他に転換社債、金地金、金貯蓄等の各取引を行い、その取引回数は、延べ約30回程度で、1回の取引金額は約80万円乃至約150万円程度であった。

原告の株式取引は長期保有を目的とするものではなく、買値と売値の差益を得るためのものであり、原告は、自ら新聞の株式欄やテレビで1日3回放送される証券番組を見るなどして株式発行会社の業績や株価の動きなどを調べ、銘柄を選定し或いは時期を見定め、被告倉敷支店の担当従業員の意見を求めた上で取引を行っていた。

被告倉敷支店における原告の担当従業員は平成元年11月頃から宇賀神哲に交代したが、このような原告の投資姿勢等から、前任者は、宇賀神哲に対し、原告について「客注の客」、即ち顧客の側から積極的に注文する顧客であるとして引き継いだ。

<2>  日本電気ワラント

平成2年8月当時、原告は10銘柄程度の株式を保有していたが、いずれも株価の低下が著しいため、これらを売却して値上がりが期待できる1、2の銘柄にまとめて投資し、効率良く資金を運用したいと考え、その旨宇賀神哲に相談を持ちかけていた。

同月22日、宇賀神哲が右相談に応ずるため原告に電話をかけた際、原告が日本電気(NEC)等のOA機器メーカーの銘柄にまとめたいとの意向を示したのに対し、宇賀神哲は、日本電気がワラントも発行していたことから、原告にワラントを購入してみてはどうかと勧めた(なお、宇賀神哲は平成元年3月頃から被告の指示によりワラントの販売に従事するようになっていた)。

その際、原告はワラントの何たるかを知らなかったため、宇賀神哲は、ワラントがかい摘んで言えば株式を買うことのできる権利であること、株式を買うための行使期限があり、その期間内に売買され、これが経過すると価値がなくなること、ハイリスク・ハイリターンであり、投資効果は株式の2、3倍で利益も大きいが危険もそれだけ大きいこと、転換社債と似ているが買付けた金額がそのまま株式に換えられるものではないことなどを説明し、当時、日本電気の株式が最高値の頃より約500円も値下がりしているから今後値上がりが予想されるとして、日本電気ワラントの購入を勧め、原告も右購入の意向に傾いた。

翌23日、宇賀神哲は、原告に対し、電話で日本電気ワラントの価格が前日よりも値下がりしているので買い時ではないかと連絡して購入を勧誘したところ、原告は、同ワラント50単位を受渡金額532万5125円で購入する旨の注文をしたので、宇賀神哲は、右注文に応じて右ワラントの取引の手続をとり、その旨を原告に伝えるとともに、ワラント取引説明書を交付するので、読後末尾添付の確認書に署名押印して返送するよう求めた。

宇賀神哲から右ワラント取引の報告を受けた被告倉敷支店の総務担当者は、報告当日である平成2年8月23日、原告に対し、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」が一体となり、末尾に「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」が添付された書類を郵送した。右各説明書には、ワラントが権利行使期間のある期限付きの商品であること、ワラントの価格は株価に連動するが、変動率は株価に比べてリスクが大きくなること、外貨建ワラントでは為替変動の影響を受けることなどワラントの内容特質等についての説明が記載されていた。

同月28日午前9時過ぎ頃、宇賀神哲は、日本電気ワラントが値上がりしたことから、原告に電話をかけ、88万円ないし89万円の利益が出るので売却してはどうかと勧誘したところ、原告はこれに応じた。なお、その際、宇賀神哲は、原告に送付済みの前記ワラント取引に関する確認書が未だ返送されていなかったため、原告にその返送を催促した。当日、宇賀神哲は、原告買付の前記日本電気ワラントを被告が620万6949円で買い取る旨の手続をとり、その結果、原告に88万1824円の利益が生じた。

<3>  富士通ワラント

さらに、平成2年8月28日午前11時頃、宇賀神哲は、日本電気ワラントと同業種で代表的銘柄である富士通ワラントが、値上がりの可能性があるとして、原告に電話で購入を勧誘したところ、原告はこれに応じて注文し、富士通ワラント30単位を受渡金額584万4150円で購入した。

翌29日午前11時頃、原告は被告の倉敷支店を訪れ、署名押印した前記確認書を持参し、宇賀神哲に手渡し、右は総務担当者に回付されたが、右確認書の日付欄に「平成2年8月29日」と当日の日付記載がなされていたため、総務担当者からの指示により、宇賀神哲は、右日付記載をワラント取引開始の日である同月23日に訂正の上訂正印の押捺を求め、原告はこれに応じた。また、原告は、宇賀神哲に対し、ワラントの価額計算方法の説明を求め、同人は、原告が持参していたワラント取引説明書を示して価額の計算式に関する記載等を読み、前記日本電気ワラントの具体的数値を例として計算式に当てはめるなどして計算方法を説明したが、原告は、分かりにくいなどと言うのみで、それ以上説明を求めることもなかった。

<4>  三菱油化ワラント

平成2年8月29日午後3時頃、宇賀神哲は、原告に電話をかけ、三菱油化ワラントの購入を勧誘したところ、原告はこれに応じて、右ワラント14単位を受渡金額95万9927円で購入した。

原告保有のワラントについては、被告から原告に対し、平成2年8月以降3ヶ月毎に「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」と題する書面により連絡がなされるようになった。

平成3年2月28日、原告は、新聞の株式欄により三菱油化の株価が値上がりしていることから、宇賀神哲に対し、電話で前記三菱油化ワラントの売却を指示し、同人はこれに応じて被告において買取りの手続をとり、受渡金額は99万7108円となり、結果として、原告は金3万7181円の差益を得た。

<5>  苦情

他方、前記富士通ワラントは時価評価額の急激な下落に見舞われ、その下落の状況は、前記3ヶ月毎の「外貨建ワラント時価評価額のお知らせ」によっても顕著であったが、原告は、平成3年3月頃から、宇賀神哲に対し、右下落について苦情を言うようになった。

以上のとおり認められ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は証人宇賀神哲の証言に照らし採用し難い。なお、甲第126号証(平成2年8月29日消印のある封筒)は、前記認定のとおり原告が被告倉敷支店に前記ワラント取引説明書及び署名捺印済みの確認書を持参したのが平成2年8月29日午前11時頃であったことが明らかであることや、証人宇賀神哲の証言に照らすと、右取引説明書及び確認書を郵送した封筒とは認め難い。

2  適合性原則違反

前記1<1>認定のとおり、原告はかつて事業経営に従事し、2年間程度の期間ではあるが、差益目的の株式投資経験を有し、株価情報に依拠して自ら売買の決定をしてきたものであるから、原告が請求原因2<2>において主張するように殆ど証券取引の知識を有しない者とは到底認め難く、また、原告が平成2年8月当時無職で年金生活をしていたことは同様前記1<1>認定のとおりであるものの、他方、原告は自宅土地建物を所有し、ある程度の預貯金株式を保有しているのであり、これらの事情からすると、原告に対してワラント取引を勧誘することが直ちにいわゆる適合性の原則に違反するとはいい難いところである。

なお、原告は外貨建ワラント取引が一般の投資家には適合せず、プロの投資家でなければ適合し得ない危険な取引である旨主張するところ、右取引が株価変動や為替変動等の複雑な経済情勢分析を要求するものでリスクも通常の株取引に比べてかなり大きいことは認められるものの、これら取引判断の複雑さやリスクがあるからといって、一般投資家を右取引に勧誘することが直ちに適合性原則違反を来たし、証券会社の一般投資家に対する義務違反を発生させる性質のものとは解し難く、他に右義務違反の存在を首肯させるような事情を認めるに足りる証拠もない。

3  説明義務違反

原告は、請求原因2<3>のとおり、宇賀神が原告に対してワラントの仕組みとその危険性について何らの説明もせずにワラント取引を開始させた旨主張するが、取引の経緯は前記2<2>乃至<4>のとおり(特に原告はワラントの価格計算方法について説明を求めている程)であり、これによれば、宇賀神哲から口頭説明及び取引説明書により原告に対してはワラントに関して相応の説明が尽くされ、原告は一応の理解に至ったものというべきであり、被告側に説明義務違反があったとまでは認め難く、他に勧誘方法に不当な点があったとも認め難い。

なお、原告は、保有する預貯金株式の大半をワラント取引に投資したことになり、リスクの大きい取引に資金の大半を注ぎ込むことは一般論として得策とはいえないところであり、この点からすると、原告にワラント取引のリスクに対する認識が乏しかった疑いがあるが、前記認定の説明がなされた以上、あとは原告が自己責任において取引の判断をすべきものであり、原告のリスク認識の乏しさが直ちに説明義務違反の証左となるべきものでもない。

また、富士通ワラントの時価評価の急激な下落は、原被告とも全くの予想外であったことがうかがえるが、被告側に時価評価の変動について誤算があったからといって、直ちに被告側の説明義務違反を首肯させる事情とも認め難い。

4  まとめ

<1>  不法行為責任

原告は、請求原因2<4>a第1段のとおり主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、前記2、3説示の事情からすると、被告に不法行為責任があったとはいえない。

<2>  債務不履行責任

原告は、請求原因2<4>b前段のとおり主張し、右は一般論として正当ではあるが、前記2、3説示のとおりであるから、被告及び宇賀神哲に原告出張の注意義務及び誠実義務違反があったとはいい難いところであり、被告に債務不履行責任があったとはいえない。

三  結論

よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 白井俊美 裁判官 種村好子)

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